旦那さんとの関係でも、ビジネスパートナーとの関係でも、どちらにもいえることなのですが、この前提を持っていないと関係が崩れてしまう、というものがあります。
その前提とは、何だと思いますか?
さて今日は、どんな人間関係であっても「大切な前提」についてお話したいと思います。
あなたの考え方のヒントになれば幸いです。
嫌われるはずがない! にあるほんとうの顔
「前提」というと堅苦しい言葉ですが、要は、土台です。
土台が崩れるとそこに建っている建物も崩れてしまうし、土台がしっかりとしていれば、そこに建つ建物は地震が起きてもビクともしないでしょう。
それほど、土台は大切なものです。
では、ここでいう人間関係に大切な前提とは何だと思いますか?
それは「嫌われるはずがない」という前提です。
この前提が、自分のなかで腑に落ちていればその人間関係が崩れることはありません。
ただ、誤解なきようにと思いますが……「嫌われるはずがない」といって、喧嘩をしないわけでも、「嫌い!」と言わない、というわけではありません。
喧嘩をするときもありましょう。
ときには「嫌い!」と言ってみることもありましょう。
けれども、「わたしはあなたを嫌いにはならないし、嫌われない」を自覚していることです。
本気で嫌いな人に「大っ嫌い!」などとは……言いません。
そして、信頼をしていない人に「嫌い!」とも言えないのです。
「嫌い」といえるということは、相手のことが好きだからですし、信頼しているからこそです。
どんなにひどい自分を見せても大丈夫、と思っているからできるのです。
反対に、どれだけひどい相手の姿をみても、「わたしはあなたを嫌わない」と自分の覚悟があるからこそ、できることです。
わたしは嫌われない」の根底にあるもの
依存的な思考のときには、旦那さんやビジネスパートナーが、他の人と遊んでいたり仲良くしているのを見ると、嫉妬してみたり見張ってみたり、詮索してみたりしてしまいます。
その根底にあるのは、何だと思いますか?
「わたしは嫌われる……」という自己概念であり不安です。
これがあると、相手を自分の「所有」にしたくなるわけです。
いつも一緒にいないと……
いつも同じ気持ちを共有できないと……
怖いのです。
相手が「いつ去ってしまうか……」と気が気でないからです。
一方で「わたしは嫌われない」という自己概念があれば、不安に駆られることはありません。
「嫌われない」のが当たり前なのですから、「嫌われる」不安の余地がないからです。
相手が誰かと楽しそうにしていると、「よかったね!」「嬉しかったね!」と、自分も嬉しくなります。
では……「わたしは嫌われない」の根底にあるのはなんでしょう?
それは「自己信頼」です。
別の言い方をすれば「自己愛」です。
自分を愛せた分だけ、パートナーシップもビジネスパートナーとの関係でも、相手が「わたしを嫌うはずがない」と思い込めるのです。
「わたしは嫌われない」を履き違えると大変なことになります。
「わたしは嫌われない」といって、横柄や傲慢であっては……暴君と同じこと。
「わたしは嫌われない」の根底にある「自己信頼」や「自己愛」は、自分に贅沢をさせてやることではありません。自分を甘やかせることでもありません。
「自己信頼」とは、「わたしを人に信頼させてあげること」であり
「自己愛」とは、「わたしを人に愛させてあげること」です。
つまり、人に信頼される「わたし」、人から愛される「わたし」の在り方があってこそ、自己信頼も自己愛も育まれるのです。
あなたが信頼できる人はどんな人ですか?
あなたが愛したいと思える人はどんな人ですか?
これに答えることができたなら、あとはシンプルです。
その答えに当てはまる人に、あなた自身がなればいいのですから。
そうすれば、「嫌われるはずがない」のです。
応援しています。
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