パートナーに当たられる、嫌味をいわれる……「喧嘩売ってるの?!」と思いたくなるときはどうしたらいい?

いつも性育アカデミー協会のブログをご覧いただき、ありがとうございます。

前回、「パートナーが『しんどい』ときはどうするか?」というお話をしました。

男性心理の基礎 ~パートナーが「しんどい」ときはどうしたらいい?~

2018-11-30

これは、体調が不調でパートナーが「しんどい」というときもそうですが、あなたが相手と「一緒にいるのがしんどい」と思うときも、同じです。

「相手を構わない」
「相手を放っておく」

これが一番いい対処法です。

とはいえ……パートナーの態度が素っ気ないうえに相手が攻撃的になってくると……正直……「うっとうしい」と思っても仕方がないと思います。

限りなく……一緒にいたくない! うっとうしい! よくありうることです。

 

さて今日は、素っ気ないうえに攻撃的になってきたパートナーに対してどうすればいいか? についてお話したいと思います。
あなたの考え方のヒントになれば幸いです。

パートナーに「喧嘩売ってるの?!」と思いたくなるときはどうしたらいい?

いくら相手を構わない放っておく、という態度で自分のご機嫌を取っていても、相手から嫌味を言われたり当たられたりするのは、とても不愉快です。

「喧嘩売ってるの?!」と、半ば戦闘モードにもなりたくなる、というもの。

だからといって、相手に媚びたりへつらったりしても逆効果になるときがあります。

ここがとても厄介なところです

では、こんなときはどうするか?

 

それでも、「パートナーとの愛ある生活を選択する」という意志を持つことがとても大切です。

一方で、「わたしは私を幸せにし続ける」という覚悟も必要です。

つまり……最悪の状況さえも受け入れる覚悟です。

それは「わたしはこの人と、いつでも離婚をすることができる」という覚悟ともいえるでしょうか。

それさえも、シュミレーションをしておくのです。

課題を終えるまでは同じ「失敗」を繰り返す?!

「わたしは自分を幸せにし続ける」という覚悟から、「いつでも離婚をすることができる」ようにしておくわけですが……

ここからがとても大事なことです。

離婚をすることができる。
そのうえで、「する?」「しない?」を自分に問いかけてほしいのです。

 

パートナーシップは、まるでパズルを組み立てるようなものです。

今持っている絵柄のパズルのピースが、500ピースあるとします。
パートナーとの関係性は、その絵柄を最後まで組み立てるか? 組み立てないか? で変わります。

つまり

今の「最悪な状況」を越えて500ピースのパズルを一緒に完成させるか?
→このままパートナーシップを紡いていくか?

今の「最悪な状況」を辞めるために、その絵柄のパズルを放棄するか?
→つまり離婚をするか?

です。

ところが、このパズルは、同時に人の成長物語でもあります。

「最悪な状況」を越えて500ピースのパズルを一緒に完成させたのちは、完成させた充実感と喜びとともに、さらなる挑戦をすることができます。

なぜなら、500ピースのパズルを作る経験から、500ピースのパズルを作るコツを掴みます。
以降は、500ピースのパズルを作ることが、それほど難しいことではなくなります。
であれば、800ピースのパズルにチャレンジすることができるのです。

けれども、途中で500ピースのパズルを作ることを放棄するとどうなるか……

たとえ、パズルの絵柄を替えたところで、500ピースを作る課題がなくなるわけではありません。

500ピースの課題を終えなければ、次に進むこともできません。

つまり、今回のパズル(パートナー)を放棄して、別の500ピースのパズル(新しいパートナーとの関係)を組み立てようと思っても、500ピースの課題は残ったままなのです。

もちろん、後退は可能です。
退屈な200ピースのパズルに戻ればいいのですから。

あなたならば、どうしますか?

別のパズル(パートナー)と新たに関係の構築に取り組みますか?
このまま今のパズル(パートナー)と、もうすこし頑張りますか?
それとも、退屈な日々を過ごしますか?

それさえも……「あなた」しだい

このような選択になると、大体の方が「新しい関係を作り直すのは面倒くさい!」ともなります。

途中まで育ててきた信頼感や安心感さえ、一から育て上げなければなりません。
そのうえで、同じ課題がまっているのです。

もちろん、今のパートナーから卒業してもいいのです。

また、暴力や命の危険がある場合は、一刻も早く、そのパートナーから離れた方がいいです。

けれども、それさえも、その方しだい……

それは「わたしは自分を幸せにし続ける」という覚悟によるのかもしれません。

「許し」の誤解

さて……この記事の最後に、みなさまの誤解を解いておきたいと思います。
それは「許し」についての誤解です。

多くの方が「許し」を誤解しています。

「理不尽な相手の言い分をまるごと聞いて、がまんしてそれを受け入れる」ことを、「許し」だと思っていることが多いようです。

けれども、これは大きな間違いです。

そもそも、相手の言い分を受け入れることに、わざわざ「がまん」をすることはないのです。

受け入れたければ受け入れる。
受け入れたくなければ受け入れない。

それだけのハズです。

つまり……「がまんしてそれを受け入れる」には、「がまんをすることで何かが得られる」という期待が案にあるからです。

それは「わたしはこれをするから、あなたはあれをして」というようなものです。

残念ながら……自分を犠牲にすることで相手から何らかの見返りを期待することは、「許し」でも「愛」でもないのです。

 

本来の「許し」や「愛」というものは、まるで、孫をみるおばあちゃんのようなものです。

どれほど相手の態度が悪くても「愛しているよ」とやさしくしてあげることであり、「行動」をしかるときは叱ります。

これが、「許し」や「愛」というものです。

 

「愛している」という態度と、嫌なことがあれば「それはイヤだ」と自分の本音を伝えるという行動の両輪です。

パートナーシップには、欠かせない両輪です。
この両輪を、回してください。

応援しています。

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